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2006.11.27

「イベントがあっている」

「ている」を取らない動詞として、「ある(有る・在る)」「いる(居る)」「要る」がよくあげられる。
「話を聞いている」「男は死んでいた」とは言えるが、「家はあっている」「男が居ていた」とは言えない。

博多弁には「あっている(ありよう・あっとう)」という表現がある。博多弁だけの特徴ではないと思うがどのあたりで使われているのかは分からない。

「あっている」は使われるのだが、博多弁でも「居ている」「要っている」とは言えない。この違いは何だろう。

「あっている」も使える場合と使えない場合がある。
「イベントがあっている」とは言えるのだが「家があっている」とは言えない。

「あっている」と言えるのは、gooの明鏡国語辞典で言うと[一]-5(2)の場合に限られる。

(2)行事・催し・会合などが行われる。
「これから会議が―・る」



動詞の分類として、時間に着目し「瞬間動詞・継続動詞・状態動詞」と分ける方法がある。「ている・てある」形は「瞬間動詞・継続動詞」を「状態動詞化」したものだ。
「ある・いる」は通常「状態動詞」なのだが、「これから会議がある」の場合は「継続動詞」としての性格があらわれてくる。なので「あっている」と言えるのだろう。
「いる」にはそのような用法がないので、「いている」とは言えないのだ。

「会議があっている」をあえて標準語に訳すと「会議が行われている」あたりになると思う。「行われる」だと動作の主体がイメージされてしまうので、ニュアンスが変わってしまう。

ちなみに「ありよう」は進行相、「あっとう」は完了相。
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この記事へのコメント
「よし、意地でも用例を考えてやる!」と思ったのですが、「アッーている」とかくだらないことしか思いつきませんでした orz
別に普段、「アッーている」わけではもちろんありませんがw

それにしても、「会議があっている」というのは初めて聞きました。こういう、言葉の使い方自体が地域によって変わってくる、というのは、その裏の精神構造にも何か違いがありそうで面白いです。
Posted by Uジロー at 2006.11.27 11:49 | 編集
ウホッ。

んー、やっぱり使いませんか。言語が思考に与える影響は大きい、と言うか言語こそが思考を形作り思考を縛るものでしょうから、この程度の違いでも多少は精神構造に関係するかも知れませんね。意外と深いかも。
Posted by jisx6004 at 2006.11.28 22:17 | 編集
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